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「トランプ大統領の敗北、バイデン氏の勝利は陰謀である」という言説は、なぜ蔓延するのか?(仲正昌樹)

2020年11月14日、米首都でトランプ派が集会 大統領選結果に抗議。

■当事者でもない日本のトランプ・ファンが陰謀論を語りたがるのはなぜか?

 トランプ氏をどうしても再選させたい熱心なアメリカ人の支持者であれば、政治闘争の当事者でもあるので、弱腰を見せないために断言調の語り口になるのは、ある意味、当然だろう。

 しかし、当事者でもない日本のトランプ・ファンが、自分たちだけ“客観的事実”を知っているように語るのは、非常に奇妙である。

 トランプ・ファンでない人間からすれば、

  1. どうしてマスメディアの伝えることはフェイクで、トランプ寄りのメディアの伝えることは客観的事実だと考えられるのか
  2.  大統領の権限を持ち、かつ(トランプ支持者によれば)“リベラルやマスコミの欺瞞を見抜き、アメリカと世界の行く末を見通している”トランプ大統領がどうしてそうした陰謀を阻止できなかったのか

――という当然の疑問を抱くところである。日本のトランプ・ファンには、それが当然の疑問ではなく、バイデン信者の言いがかりに思えるようである。そうした、いかにも話の通じなさそうな雰囲気が、ファンでない人間には、気持ち悪く感じられる。

■一九九九年のライフスペース事件(成田ミイラ化遺体事件)と似た奇妙さ

 私がこれと同じ種類の気持ち悪さを最初に感じたのは、保護責任者遺棄致死が問題になった一九九九年のライフスペース事件(成田ミイラ化遺体事件)の際である。この自己啓発セミナーの代表が、記者会見で、記者たちからどうしてそういう(非常識な)ことを信じていられるのかと聞かれるたびに、「…それが今では定説です」、と一見冷静な様子で答え、話題になった。

 セミナーで、シャクティパットというヒンドゥー教由来の用語が使われ、代表が「グル」と呼ばれていたことから、九五年に一斉捜査を受けたオウム真理教との関連が取り沙汰されたが、私は、オウム真理教のスポークスマンたちと、このセミナーの代表の語り口は異質だと感じた。

 前者の語り口にもそれなりの気持ち悪さがあったが、彼らは自分たちが世間からヘンな人たちと思われていて、自分たちの言い分が受け入れられそうにないことは自覚しているふうで、その違いを前提にして、自分たちの言い分を正当化しようとしているように見えた。それに対してライフスペースの代表は、定説なので説明の必要はないという態度を取り続け、記者たちからどう言われても、何も感じてない様子であった。

 オウム真理教の人々は自分たちが宗教団体だと自覚していたようだが、ライフスペースは報道からすると、かなり宗教めいた団体だが、そう自称していなかった。「定説」というのは、学者が使う言葉である。本人たちが、宗教ではなく、科学的な営みだと思ってやっているように見えるところに、ライフスペースの気持ち悪さがあったのだと思う。

■「インターネットの普及は情報リテラシーを高める」という妄信

 ライフスペース問題自体は、インターネットとは直接的に関わりなかったようだが、九九年は日本でインターネットが普及し、普通の人が気軽に利用するようになった時期である。当時、双方向的な媒体であるインターネットは、マスコミによる一方的な情報伝達と違って、一般の人々の情報リテラシーを高め、物事を複合的・客観的に見ることができる、真の自立した主体にする、という楽観論が啓蒙的知識人たちによって語られていた。

 しかし各種の情報発信・交換媒体が発達し、様々な情報がネット空間を飛び交うようになると、自分は、他の人たちが知らない“客観的情報”をネットを通じて入手した、と豪語する人が徐々に増え始めた。その手の人々は、同じような考えの人々と意見交換できる特定のサイトに集まり、他のメディアの情報は受け付けなくなるので、余計に自分が得ている“情報”の真理性に対する確信を強めていく。アメリカの憲法学者キャス・サンスティーン(一九五四- )がサイバー・カスケードと呼んでいる現象である。

 二〇一二年に民主党が内部分裂して、小沢一郎元幹事長が国民の生活が第一を結党して、更に、日本未来の党と合流して総選挙に臨んだ時、小沢ファンの人たちは、新聞やテレビの選挙予測を信じず、小沢さんには、自民党を破る秘策があると、ネットで喧伝していた。

 その後、数年間、彼らは政局になりそうな出来事があるごとに、「自民と結託したマスコミが小沢さんを葬ろうとしているせいで、日本は悲惨な状況になっている」「でも、小沢さんには逆転の秘策がある」、と言い続けた。国民の大多数はマスコミに欺かれているにもかかわらず、彼らには何故か日本の政治の“真の姿”が見えていたようだ。

 今回のトランプ・ファンの先駆けのような物言いが目立った。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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